任意後見制度とは?家族信託との違いと選ぶ基準を解説

銀行の窓口で、親名義の定期預金は本人でないと解約できないと言われます。
施設の入所契約も、実家の売却も、親の判断能力が落ちたあとでは家族が代わりに進められません。
この場面を見越して、あらかじめ代理を頼んでおく契約が任意後見制度です。
任意後見契約は公正証書でしか結べません(任意後見契約に関する法律3条)。
しかも、親の判断能力があるうちにしか結べない契約です。
契約しただけでは何も始まらず、家庭裁判所が任意後見監督人を選んだ時点で効力が出ます。
よく比較される家族信託とは、任せられる中身そのものが違います。
本記事では、任意後見が発効するまでの流れ・家族信託との使い分け・費用が何で決まるか・契約しないまま判断能力が落ちたときに残る選択肢を解説します。
任意後見制度は、親の判断能力があるうちにしか結べない
任意後見制度は、将来、判断能力が衰えたときに備えて、誰に何を任せるかを本人が自分で決めておく契約です。
任せる相手も、任せる範囲も、元気なうちに本人が指名します。
判断能力が落ちてから家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見とは、出発点が逆になっています。
公正証書でなければ契約として成り立たない
任意後見契約は、公証人が作る公正証書でしか結べません。
手書きの委任状も、家族で交わした念書も、任意後見契約にはなりません。
公証人は作成の場で本人に会い、契約の意味を理解しているか、自分の意思で頼んでいるかを確認します。
年齢や体調によっては医師の診断書を求められることもあります。
契約が成立すると、その内容は法務局に登記されます。任意後見人になる予定の人(任意後見受任者)が誰で、どこまでの代理権を持つのかが公的な記録として残るため、後から「聞いていない」と言い出されても契約の中身は動きません。
代理権目録に書いていないことは頼めない
任意後見人ができるのは、契約に添付する代理権目録に書いた行為だけです。
預貯金の管理、年金の受け取り、医療費や施設利用料の支払い、介護サービスの契約、実家の修繕や売却といった項目を、ひとつずつ記載します。
ここに書き漏らした行為は、後から任意後見人が代理できません。
目録を作るには、親がどこに口座を持ち、どんな保険に入り、不動産をいくつ持っているかを把握しておく必要があります。
この棚卸しを親自身の手で先に済ませておくと、契約の打ち合わせが一度で済みます。
エンディングノートに書くべき項目で、財産の書き出し方を解説しています。
法定後見との違いは、誰が選ぶかと、いつ始まるか
後見の制度は、本人があらかじめ契約しておく任意後見と、判断能力が落ちたあとに家庭裁判所へ申し立てる法定後見の2本立てです。同じ「後見」でも、決定権を持つ人がまるで違います。
| 比較する点 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|
| 後見人を決める人 | 本人(契約で指名する) | 家庭裁判所 |
| 始まる時期 | 判断能力が低下し、任意後見監督人が選任された時 | 審判が確定した時 |
| できる範囲 | 代理権目録に書いた範囲 | 類型ごとに法律で定まる範囲 |
| 本人がした契約の取消し | できない | 成年後見人は日常生活に関する行為を除いて取り消せる |
| 監督 | 任意後見監督人が必ず付く | 家庭裁判所が監督し、必要に応じて監督人が付く |
法定後見は判断能力の程度で3つに分かれる
法定後見は、本人の状態に応じて後見・保佐・補助の3つに分かれます。
判断能力がほとんど無い状態なら後見、著しく不十分なら保佐、不十分なら補助という区分で、家庭裁判所が診断書や鑑定をもとに決めます。
どの類型になるかで、後見人側に与えられる権限の広さも変わります。
親族が「自分が後見人になりたい」と申し立てても、そのとおりに選ばれるとは限りません。
財産の額が大きい場合や、親族間で意見が割れている場合は、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることがあります。
ここを本人の意思で決められるのが、任意後見の利点です。
任意後見には取消権がない
任意後見人は、本人が結んでしまった契約を取り消せません。
訪問販売で高額なリフォーム契約をしてしまった、という場面でも、任意後見人の立場では取り消しを主張できないのです。
取消権が要る状態まで進んでいるなら、法定後見への切り替えを家庭裁判所に相談する場面になります。
この弱点も含めた見方は任意後見が使いにくいと言われる理由で解説しています。
家族信託と任意後見は、任せられる中身が重ならない
実家の名義や預金の管理を子に任せたい、という相談では家族信託(民事信託)が並んで検討されます。両者は競合する制度に見えて、カバーする領域がほとんど重なっていません。
| 比較する点 | 任意後見 | 家族信託 |
|---|---|---|
| 対象になる財産 | 代理権目録に書いた範囲の財産全般 | 信託契約で預けた財産だけ |
| 施設入所や介護サービスの契約 | 代理できる | 含まれない |
| 効力が始まる時 | 任意後見監督人が選任された時 | 契約で定めた時(契約時からも可能) |
| 第三者の監督 | 任意後見監督人が必ず付く | 原則なし(信託監督人を置く設計もできる) |
| 本人が亡くなった後 | 契約は終了する | 次に受け取る人をあらかじめ指定できる |
家族信託では年金口座を動かせない
家族信託で預けられるのは、契約で信託財産としたものに限られます。
公的年金は本人名義の口座にしか振り込めないため、その口座は信託財産にできません。
年金が入る口座から施設利用料を払う、という日常の資金繰りは、家族信託だけでは回らないことになります。
一方で、任意後見は本人の財産を守ることが目的の制度です。
実家を売って有料老人ホームの入居金に充てるといった処分は、本人の利益になると説明できれば認められますが、相続税を減らすための生前贈与や、収益不動産への組み替えは通りません。
資産を積極的に動かす設計は、家族信託の側の話になります。
契約しても、すぐには始まらない|任意後見が発効するまでの流れ
公正証書を作った日に任意後見人の仕事が始まるわけではありません。
効力が出るのは、本人の判断能力が不十分になったあと、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点です。
契約から発効まで10年以上空くことも普通にあります。
発効までの流れは次のとおりです。
- 本人の判断能力が低下したことに、家族や任意後見受任者が気づく
- 家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申し立てる
- 診断書などで本人の状態を確認し、家庭裁判所が監督人を選ぶ
- 選任の審判で契約の効力が発生し、その旨が登記される
申立てができるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者です。
本人が自分の意思を表示できる状態であれば、申立てに本人の同意が要ります。
ここで「まだ自分は大丈夫だ」と親が拒めば、発効は進みません。
契約を結ぶときに、どうなったら申立てをするのかを親子で話しておくと、この局面で止まりにくくなります。
選ばれた任意後見監督人は、任意後見人の仕事ぶりを確認し、家庭裁判所へ定期的に報告します。
親族が任意後見人になる場合でも、通帳の記録や領収書を整理して監督人に見せる作業が続きます。
申立てに必要な書類や、公正証書を作る当日の持ち物は任意後見の手続きと発効までの流れで解説しています。
任意後見制度の費用は、契約時と発効後の2段階で決まる
任意後見でかかるお金は、契約を作るときに一度だけ発生するものと、発効してから毎月または毎年続くものに分かれます。総額を先に知りたくなる場面ですが、金額を決めるのは制度ではなく、契約の中身と本人の財産の状況です。
契約時にかかるもの
公正証書を作る手数料は公証役場で決まっています。
代理権目録の分量や、あわせて見守り契約・財産管理委任契約を結ぶかどうかで枚数が変わり、手数料も動きます。
契約の成立後には法務局への登記もあります。
文案の作成から専門職に依頼すれば、その報酬が別に乗ります。
実際の額は、依頼する公証役場と専門職に見積もりを出してもらってください。
発効後に続くもの
任意後見人の報酬は、契約で決めた額です。
子が引き受ける場合は無報酬と定めることもできますし、月額を決めておくこともできます。
これに対して任意後見監督人の報酬は、家庭裁判所が本人の財産の額と仕事量を見て決めるものです。
契約で金額を決めておくことはできません。
そして監督人の報酬は、任意後見が終わるまで発生し続けます。
本人が亡くなるまで10年、15年と続けば、その総額は契約時の費用を大きく上回ります。
任意後見の契約時と毎月の報酬の目安で、どの費目がどこに支払われるのかを解説しています。
誰に頼むか、そのことを兄弟にいつ話すか
任意後見人になれる人に、資格の制限はほとんどありません。
子でも、配偶者でも、甥姪でも、弁護士や司法書士などの専門職でも、社会福祉協議会などの法人でも引き受けられます。
破産者や、本人に対して訴訟を起こしたことがある人のように、法律で不適格とされる立場の人は選べません。
複数人を選び、財産管理は長男、身の回りのことは長女、と分けて頼むこともできます。
親が契約すれば、兄弟の同意は法律上要らない
任意後見契約は本人と受任者の契約です。
他の兄弟が反対していても契約は成立しますし、同意書も要りません。
ただ、発効のときに家庭裁判所へ申し立て、その後は監督人への報告が続きます。
隠しておける期間には限りがあります。
あとから「勝手に決めた」と言われる展開を避けるなら、契約を作る前に次の3点を家族で共有しておくと話が具体的になります。
- 親の口座がどこに何口あり、残高がいくらか
- 実家の固定資産税の年額と、名義が誰になっているか
- 年金の受取口座と、毎月の生活費がいくら出ているか
金額が机の上に出ていない状態で「誰が親を見るか」を話すと、負担の大きさを互いに想像で語ることになります。
数字が出ていれば、報酬をどうするか、費用を誰の財布から出すかという具体的な相談に進めます。
この分担の決め方は後見の費用は誰が払うのかで解説しています。
任意後見制度と家族信託、どちらを選ぶかの基準
2つの制度は、目的が違うため単純な優劣では選べません。親の状況を3つの方向から見ると、どちらが要るのかがはっきりします。
介護や施設の契約が主な心配なら任意後見
有料老人ホームの入居契約、介護サービスの利用契約、入院時の手続きといった生活の面倒を代わりに見るのは、任意後見の役目です。
家族信託の受託者にはこの権限がありません。
親がひとり暮らしで、これから施設を探す段階にあるなら、任意後見を先に検討する場面になります。
実家の売却や資産の組み替えを見込むなら家族信託
実家をいずれ売る、収益物件を建て替える、といった財産を動かす予定があるなら、家族信託のほうが自由に設計できます。
任意後見では、処分が本人の利益になるかどうかを監督人と家庭裁判所に説明することになり、時間もかかります。
また、本人が亡くなった後に誰へ渡すかまで決めておけるのは信託だけです。
両方を組み合わせる設計もある
実家と一部の預金を信託し、日常の支払いと施設契約は任意後見に任せる、という併用もできます。
役割を分ける分だけ契約書が増え、専門職に払う費用も増えます。
どこまで備えるかは、親の資産の内訳と、子の側で誰が動けるかによって決まります。
制度の選択で迷ったときにどの専門職へ相談するかは、弁護士・司法書士・税理士の使い分けで解説しています。
契約しないまま判断能力が落ちると、残るのは法定後見だけになる
任意後見も家族信託も、本人に契約を理解する力が残っていることが前提です。
認知症が進んで意思確認ができなくなった後では、どちらも結べません。
その段階で親の預金を動かす方法は、法定後見の申立てだけになります。
法定後見を使うと、次のことが起こります。
- 後見人を選ぶのは家庭裁判所で、親族の希望どおりになるとは限らない
- 原則として本人が亡くなるまで続き、事情が変わったという理由では途中でやめられない
- 専門職が選ばれた場合、その報酬が本人の財産から継続して出ていく
- 本人の財産を減らす行為は認められにくく、生前贈与や実家の売却が止まる
相続を意識して生前に贈与を進めていた家庭では、この最後の一点が大きく響きます。
判断能力が落ちた時点で対策は止まり、そのままの財産構成で相続を迎えることになります。
基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数で、相続人が3人なら4,800万円です(相続税法15条)。
この線を超えそうかどうかは、親が元気なうちに一度計算しておくと判断が変わります。
相続税がかかる人の線引きで、控除の考え方を解説しています。
もうひとつ、契約を急がせすぎる危険もあります。
判断能力があやしくなってから慌てて公正証書を作ると、後日その契約の有効性を他の相続人から争われることがあります。
公証人の面談で本人の理解が確認できないと判断されれば、そもそも作成が断られます。
備えとしての任意後見は、親が自分で内容を選べる時期に作るものです。
よくある質問
任意後見契約は、後から解除できますか
できます。
ただし時期によって手続きが違います。
任意後見監督人が選任される前であれば、本人と受任者のどちらからでも、公証人の認証を受けた書面で解除できます。
監督人が選任されて効力が発生した後は、正当な理由があるときに家庭裁判所の許可を得て解除する形になります。
発効後のほうがハードルは高くなります。
親が認知症と診断された後でも契約できますか
診断名だけで一律に決まるものではありません。
判断できるのは、契約の内容を理解し、自分の意思で結べる状態かどうかです。
軽度の段階であれば公証人が面談のうえ作成できることもありますし、進行していれば断られます。
まずは公証役場に本人の状況を伝えて相談してください。
作成が難しい状態であれば、法定後見の申立てに切り替える判断になります。
任意後見人になった子は、親の預金を自由に使えますか
使えません。
代理権目録に書かれた範囲で、本人のために使うことだけが認められます。
支出は帳簿と領収書で記録し、任意後見監督人に報告します。
子の生活費に充てたり、子への贈与に回したりすれば、監督人から指摘され、家庭裁判所の判断で解任される場合もあります。
親の財産と自分の財産を混ぜないことが、引き受けるときの前提になります。
任意後見人が訪問販売の契約を取り消すことはできますか
任意後見人に取消権はありません。
本人が結んでしまった契約を、後見人の立場で無効にすることはできない仕組みです。
クーリング・オフの期間内であれば、その制度を使って本人の代わりに手続きを進める余地はあります。
同じ被害が繰り返される状態なら、法定後見への移行を家庭裁判所に相談する場面です。
任意後見と遺言は、どちらも用意したほうがよいですか
扱う時期が違うため、役割が重なりません。
任意後見は本人が生きている間の財産管理と生活の支援で、本人が亡くなった時点で終了します。
亡くなった後に誰が何を受け取るかを決めるのは遺言です。
両方を用意するなら、公正証書遺言にしておくと家庭裁判所の検認が不要になります(民法1004条)。
自筆証書遺言でも、法務局の保管制度を使えば検認は要りません。
費用は親の財産から払ってよいのですか
任意後見人の報酬も任意後見監督人の報酬も、本人の財産から支払うのが原則です。
ただし発効前の見守りの段階や、契約書を作る費用を子が立て替える場面はあります。
立て替えたお金を後から本人の財産で精算するなら、いつ何に使ったかを記録に残してください。
記録がないまま口座から引き出すと、他の相続人から使い込みを疑われる原因になります。
まとめ
任意後見制度は、親が自分で後見人を選べる唯一の仕組みです。
公正証書でしか結べず、判断能力があるうちにしか結べません。
契約しても、家庭裁判所が任意後見監督人を選ぶまでは効力が出ないため、早めに作っておいても不利にはならない制度です。
施設入所や介護の契約まで任せたいなら任意後見、実家の売却や資産の組み替えを見込むなら家族信託、というのが選び分けの出発点になります。
どちらも間に合わなくなれば、残るのは家庭裁判所が後見人を決める法定後見だけです。
ぜひ本記事の任意後見と家族信託の比較表と、家族で先に共有しておく3点を手元に置いて、親が元気なうちに公証役場と専門職への相談を進めてください。


