任意後見のデメリット|使いにくいと言われる3つの理由

銀行の窓口で「ご本人の意思が確認できないと解約できません」と言われた時点で、親名義の定期預金は動かせなくなります。
任意後見契約を結んであっても、その場では同じ答えが返ってきます。
この契約は結んだだけでは効力がなく、親の判断能力が落ちたあとに家庭裁判所が任意後見監督人を選任して、はじめて代理権が生じるからです(任意後見契約に関する法律2条・4条)。
使いにくいと言われる理由は、この発効の仕組みだけではありません。任意後見人には親が結んだ契約を取り消す権限がなく、監督人への報酬は親が亡くなるまで財産から出ていきます。
本記事では、任意後見が動き出さない仕組み・法定後見との分かれ目・契約前に集める書類・兄弟と親への切り出し方を解説します。
任意後見が「使いにくい」と言われる3つの理由
任意後見契約は、親が元気なうちに「判断能力が落ちたら、この人に、この範囲を任せる」と決めておく契約です。
公正証書で作ることが法律で定められていて(任意後見契約に関する法律3条)、公証役場を通さない私製の書面では効力がありません。
ここまでは制度の紹介でよく書かれています。
実際に使いにくさが出るのは、その先の3か所です。
契約書を作っても、監督人が選ばれるまでは動かない
この契約は、署名した時点では何の効力もありません。
親の判断能力が不十分になったあとで家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申し立て、その選任があってはじめて任意後見人として代理できるようになります。
申立てができるのは本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者です。
厄介なのは、本人以外が申し立てるときには原則として本人の同意が要る点です(同法4条3項。
本人が意思を表示できない場合を除きます)。
親が「まだ自分でできる」と言っているあいだは、契約書が引き出しにあっても発効しません。
契約から発効まで何年も空くこともあり、その間に受任者として指名した子が先に体調を崩す、遠方へ転居するといった事情が起きれば、契約は使えないまま残ります。
訪問販売の契約を、任意後見人は取り消せない
法定後見の成年後見人には、本人がした契約を後から取り消す権限があります(民法9条。
日用品の購入などは除きます)。
任意後見人にこの取消権はありません。
契約で定めた範囲を代理できるだけで、親が自分で結んでしまった屋根の工事契約や高額な物品の購入を、なかったことにする力は持っていないのです。
取り消したいときは、一般の消費者ルールで争うことになります。
業者が自宅を訪問して買い取る訪問購入であれば、契約書面を受け取った日から8日間はクーリング・オフができ、その間は品物の引き渡しを拒めます(特定商取引法58条の14・58条の15)。
裏を返せば、この日数を過ぎたものは任意後見人が付いていても簡単には戻りません。
判断能力が落ちた親を勧誘から守る目的だけで任意後見を選ぶと、期待した働きはしないでしょう。
報酬が続き、やめるにも家庭裁判所の許可が要る
お金の負担は次の3つに分かれます。
- 公正証書を作るときに公証役場へ払う手数料
- 任意後見人への報酬(契約で決める。子が引き受けて無報酬とすることもある)
- 任意後見監督人への報酬(家庭裁判所が決め、親の財産から支払う)
監督人の報酬は、発効してから親が亡くなるまで発生し続けます。
金額を契約の段階で確定させることはできません。
財産の額や事務の内容をふまえて家庭裁判所が判断するためです。
しかも、発効したあとで当事者だけの合意で解除することはできず、正当な事由と家庭裁判所の許可が要ります(同法9条)。
効力が生じる前なら公証人の認証を受けた書面で解除できるので、迷いがあるなら発効前が引き返せる最後の地点になります。
親の状態で決まる|任意後見と法定後見の分かれ目
デメリットを読んで手が止まるのは、「では自分の親はどちらの制度なのか」が分からないからです。
この切り分けは、親の今の状態でほぼ決まります。
任意後見は本人が結ぶ契約ですから、契約の意味を理解できる状態でなければそもそも作れません。
すでに理解が難しくなっているなら、残る道は法定後見(後見・保佐・補助)です。
| 親の今の状態 | 取れる手 |
|---|---|
| 契約書の内容を読んで、自分の言葉で説明できる | 任意後見契約を結べる段階。任せる範囲を親自身が決められる |
| 物忘れは増えたが、日常のやり取りは成り立つ | 医師の診断書が判断材料になる。任意後見と、補助・保佐の両方が候補 |
| 銀行や役所の手続きの意味が分からない | 家庭裁判所への法定後見の申立てを検討する段階 |
| すでに任意後見契約を結んである | 原則として任意後見が優先される。法定後見が始まるのは本人の利益のため特に必要と認められる場合に限られる(同法10条1項) |
判断能力の程度を家族の印象だけで決めるのは避けてください。診断書を書くのは医師ですので、気になる状態が続いているならかかりつけの医療機関に相談するところから始まります。
発効までの空白と、亡くなったあとの空白
任意後見には、前後に2つの空白があります。
契約してから発効するまでの期間、任意後見人には何の権限もありません。
親の体は弱っているのに判断能力は保たれている、という時期の入院手続きや振込は、別に財産管理を委任する契約を結んでおかないとカバーできないのです。
もう一方の空白は死亡後です。
任意後見契約は本人の死亡で終了するため、葬儀費用の精算や役所への届け出、遺品の整理は含まれません。
ここまで頼みたいなら死後事務を委任する契約を別に作るか、相続人が引き受ける前提で段取りを決めておくことになります。
契約を結ぶ前に机の上へ出す資料
受任者を誰にするかを話し合う前に、親の財産を一覧にしてください。
任せる範囲は代理権目録という書面に列挙する形で決めますが、財産の中身が分からないまま作ると必ず抜けが出ます。
集めるのは次のものです。
- 預貯金の通帳(金融機関名と支店名まで)
- 保険証券と証券口座の残高が分かる書類
- 実家の登記事項証明書
- 年金の振込先口座
- 借入やローンの契約書
登記事項証明書は法務局で取得します。
甲区(所有権に関する事項)を見れば、名義が親のままか、祖父の代で止まっているかが分かります。
祖父名義のままだったなら、任意後見より先に相続登記の話が来ます。
相続登記は取得を知った日から3年以内という義務があり、2024年4月より前に相続した不動産も対象です。
相続の名義変更に期限はある?義務化の3年ルールで解説しています。
代理権目録に書いていない行為は代理できません。
施設への入所契約、実家の売却、保険の解約といった、いずれ必要になりそうな行為は具体的に書き込んでおきます。
一方で、手術や延命治療への同意は、目録に書いても任意後見人が代われるとは限りません。
医療の現場では本人の意思が基準になるためです。
親の希望は別に書き残してもらう形が現実的で、エンディングノートに書くべき項目で解説しています。
兄弟と親への切り出し方は、順番を変えると通りやすい
兄弟には制度名ではなく、止まる場面から話す
「任意後見をやろう」と切り出すと、財産を握る話に聞こえます。
先に出すのは、親の預金が動かせなくなったときに誰が立て替えるのか、という具体的な場面です。
入院費と施設費の請求書は毎月来ますし、実家の固定資産税も止まりません。
そのうえで、集めた財産一覧を全員に見せてください。
金額を隠したまま制度の話だけをすると、たいてい別の疑いが生まれます。
受任者を1人に決めることへの反発には、監督人の存在が説明材料になります。
任意後見人は家庭裁判所が選んだ監督人の監督を受け、その監督人に報告する義務を負います。
兄弟の誰かが単独で自由に使える仕組みではありません。
親には「今日から管理される」わけではないと伝える
親が拒むのは、今すぐ財産を取り上げられると受け取るからです。
契約しても発効までは何も変わらないこと、任せる範囲は親自身が決められること、この2点は事実として伝えられます。
逆に、発効の申立てには原則として親本人の同意が要るという点も隠さないほうが後で揉めません。
誰に何を頼むかの分担
公正証書の作成は公証役場、契約内容と代理権目録の設計は司法書士や弁護士、発効の申立ては家庭裁判所と、窓口が分かれます。
親族間ですでに対立があるなら、契約書の作成前に弁護士へ相談する段階です。
財産の一覧づくりや登記事項証明書の取り寄せまでは家族でできますので、そこまで済ませてから専門家の時間を使うと相談が早く進みます。
代理人カードや口約束では埋まらない、任意後見の外側
家族カードと「話し合ってあるから大丈夫」
親のキャッシュカードを預かる、代理人カードを作っておくといった方法は、よく勧められます。
ただし金融機関は本人の意思確認ができない状態を把握すると、取引を止める判断をすることがあります。
兄弟間の口約束も同じで、銀行や役所が見るのは書面と本人確認だけです。
話がついているかどうかは窓口の判断材料になりません。
後見が始まると、相続対策の手は止まる
任意後見人も法定後見人も、本人の財産を守る立場です。
相続税を減らすための生前贈与や、不動産の組み替えといった相続対策は、本人の利益にならないと判断されれば行えません。
節税を考えているなら、親の判断能力があるうちに決着させる必要があります。
相続税がそもそもかかる規模なのかは、基礎控除3,000万円+600万円×法定相続人の数が分かれ目です。
相続税は誰にかかるかで解説しています。
亡くなったあとの期限は、後見とは別に走り出す
任意後見契約は死亡で終了し、そこからは相続の手続きが始まります。
後見をやっていた子が自動的に代表になるわけでもありません。
主な期限は次のとおりです。
| 手続き | 期限と起算日 |
|---|---|
| 相続放棄・限定承認 | 自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する |
| 準確定申告 | 相続の開始を知った日の翌日から4か月以内 |
| 相続税の申告・納付 | 相続の開始を知った日の翌日から10か月以内 |
| 相続登記 | 不動産を取得したことを知った日から3年以内 |
後見の事務を引き継ぐ作業と並行して進むので、10か月はあっという間に減ります。申告が遅れたときの取り扱いは相続税の申告期限と加算税で解説しています。
よくある質問
任意後見契約は、あとからやめられますか
効力が生じる前であれば、公証人の認証を受けた書面によって解除できます。
任意後見監督人が選任されたあとは、正当な事由があり、家庭裁判所の許可を得た場合に限られます(任意後見契約に関する法律9条)。
迷いが残っているなら、発効の申立てをする前に見直してください。
子どもが任意後見人になれますか
なれます。
ただし、その子を監督する任意後見監督人は家庭裁判所が選任するもので、家族が候補者を指定できるわけではありません。
破産者など法律で定められた事由に当たる人は受任者になれませんので、契約前に司法書士や弁護士に確認しておくと安心です。
任意後見監督人を付けずに使うことはできますか
できません。
監督人の選任が効力発生の条件そのものだからです。
監督人への報酬は親の財産から支払われ、発効から死亡までのあいだ続きます。
報酬の負担を避けたいという理由で発効を先延ばしにすると、肝心の預金が動かせない状態のまま時間が過ぎます。
親が発効に同意してくれない場合はどうなりますか
本人以外が申し立てるときは、本人が意思を表示できない場合を除いて本人の同意が必要です。
同意が得られず、かつ本人が意思を表示できる状態であれば、監督人の選任は進みません。
生活費の管理が現実に破綻しているようなら、法定後見の申立てを含めて家庭裁判所や専門家に相談する段階になります。
任意後見があれば実家を売れますか
実家の売却は、代理権目録に入れていなければ代理できません。
書いてあっても、本人の住まいを処分する行為は慎重に扱われ、任意後見監督人や家庭裁判所が関与します。
売却して施設費に充てる予定があるなら、その方針を契約の段階で親と共有し、目録に明記しておいてください。
まとめ
任意後見が使いにくいと言われるのは、監督人が選任されるまで効力が生じないこと、親が結んだ契約を取り消せないこと、報酬が続くうえに解除に家庭裁判所の許可が要ることの3点に集まります。制度が悪いというより、発効までの空白と死亡後の空白を別の手当てで埋めない限り、期待した働きをしない作りになっています。
親が契約の意味を理解できる状態かどうかで、選べる制度は変わります。ぜひ本記事の切り分け表と、財産一覧の作り方を参考に、親が今どの段階にいるかを確かめたうえで、公証役場や司法書士に相談する順番を決めてください。


