任意後見の手続き|公正証書の作成から発効までの流れ

任意後見の契約書は、公証役場で公正証書にしないと効力が生じません(任意後見契約に関する法律3条)。ひな形をダウンロードして親子で署名押印しても、それは任意後見契約になりません。
もう一つ取り違えやすいのが、契約した日から任意後見人として動けるわけではない点です。
本人の判断能力が落ちた段階で家庭裁判所に申し立て、任意後見監督人が選ばれて初めて契約が発効します。
契約から発効まで何年も空くことがあり、その間に代理権はありません。
本記事では、代理権目録に書く内容・公証役場に持っていく書類・任意後見監督人の選任申立て・発効の前後で止まりやすい場面を解説します。
任意後見人の手続きは2段階|契約から発効まで何年も空くことがある
任意後見は、元気なうちに結ぶ「契約」と、判断能力が落ちてからの「発効」の2段階でできています。全体の流れは次のとおりです。
| 段階 | やること | 動く人 |
|---|---|---|
| 1 | 任意後見人を誰に頼むか決め、任せる範囲を話し合う | 本人と受任者 |
| 2 | 公証役場に連絡し、契約書の原案を打ち合わせる | 本人と受任者 |
| 3 | 公正証書を作成する | 本人と受任者が公証役場へ |
| 4 | 公証人が法務局に登記を嘱託(しょくたく)する | 公証人 |
| — | 本人の判断能力が保たれている間は、ここで止まったまま | — |
| 5 | 家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる | 本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者 |
| 6 | 家庭裁判所が審理し、任意後見監督人を選ぶ | 家庭裁判所 |
| 7 | 契約が発効し、任意後見人としての事務が始まる | 任意後見人 |
相続の手続きと違って、任意後見に法律で切られた期限はありません。そのかわり、順番を間違えると二度と戻れない工程が先頭にあります。
判断能力があるうちにしか契約できない
任意後見契約は、本人が「誰に何を任せるか」を自分で決めて結ぶ契約です。
公証人は契約の場で本人と面談し、契約の意味を理解しているかを確認します。
すでに物事の判断が難しくなっている状態では、この確認を通れません。
親の物忘れが気になり始めてから調べ始めた場合、間に合うかどうかはその時点の状態で決まります。
間に合わなければ、残るのは家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見です。
後見人を誰にするかも、何を任せるかも、家族の希望どおりにはなりません。
任意後見と法定後見、家族信託の使い分けは任意後見制度と家族信託の違いで解説しています。
最初に決めるのは、受任者と代理権の範囲
公証役場に連絡する前に、家族の中で2つを詰めておきます。
任意後見人になる人(受任者)と、その人に任せる事務の範囲です。
受任者の承諾がなければ契約は成立しませんし、任せる範囲が固まらないと公証人も原案を書けません。
受任者は資格が要らないため、子・きょうだい・配偶者でも引き受けられます。ただし後から代わってもらうには手間がかかるので、遠方に住んでいる、持病がある、仕事の都合で平日に動けないといった事情は先に洗い出しておいてください。
代理権目録に書いた範囲だけが、任意後見人にできること
任意後見人の権限は、契約書に添える代理権目録がすべてです。
目録に書いていない行為は、発効後であってもできません。
ここが法定後見との大きな違いで、法定後見人は財産管理全般に包括的な権限を持ちます。
やっかいなのは、書き漏らしに気づくのがたいてい発効後だという点です。
目録を追加するには契約を結び直すことになり、本人の判断能力が要ります。
判断能力が落ちたあとでは、追加できません。
財産の管理として書いておく項目
預貯金の入出金と解約、年金の受け取り、公共料金や税金の支払い、保険金の請求といったあたりが中心になります。金融機関は代理権目録の文言を見て手続きの可否を判断するため、口座のある銀行名や支店を具体的に書き込むこともあります。
実家を売る可能性があるなら、居住用不動産の処分についても書いておきます。売却の必要が出てから目録に無いことに気づくと、施設の入居費用を工面できずに手が止まります。
身の回りの手配として書いておく項目
介護保険の申請や区分変更、介護サービスの契約、施設への入所契約、医療機関の入院契約などです。
これらは本人に代わって署名する場面が必ず出てきます。
実際の介護は任意後見人がやるわけではなく、契約や支払いを代わりに行う役目だという線引きで考えてください。
取り消す権利は付けられない
代理権目録に何を書いても、任意後見人には取消権がありません。
本人が訪問販売で高額な契約をしてしまっても、任意後見人の立場では取り消せないのです。
法定後見人にはこの権利があります。
この差をどう埋めるかを含め、制度の弱点は任意後見が使いにくいと言われる理由で解説しています。
見守りや死後の事務は別の契約になる
契約してから発効するまでの空白期間に、受任者が定期的に連絡を取って様子を確かめる取り決めを、見守り契約として同じ公正証書に入れることがあります。判断能力はあるけれど体が動かない時期の手続きを頼むなら、財産管理委任契約を併せて結ぶ形もあります。
任意後見契約は本人の死亡で終了するため、葬儀や部屋の明け渡しまで頼みたい場合は死後事務委任契約を別に結びます。どこまでを一度に整えるかで、公正証書の中身も作成時の手数料も変わってきます。
公証役場に持っていくのは本人と受任者の両方の書類
公正証書を作る日に必要なものは、本人ぶんと受任者ぶんに分かれます。どちらか一方が欠けると当日に作成できません。
本人が用意するもの
印鑑登録証明書と実印、戸籍謄本、住民票が基本の組み合わせです。
印鑑登録証明書は住所地の市区町村で取り、有効期限を設けている公証役場があるため、取得のタイミングは事前に確認してください。
戸籍謄本は本籍地の市区町村でしか取れません。
本籍地が遠方なら郵送請求になり、往復で日数がかかります。
実印を登録していない場合は、運転免許証やマイナンバーカードなど顔写真付きの身分証明書と認印で代える扱いをしている公証役場もあります。どちらの組み合わせで行くかは、最初の連絡のときに聞いておくと二度手間になりません。
受任者が用意するもの
受任者は印鑑登録証明書と実印、住民票を持参します。
戸籍謄本までは求められないのが一般的です。
受任者が法人の場合は、法人の登記事項証明書と代表者の資格を示す書類に変わります。
作成当日の流れと、外出できないとき
当日は公証人が本人と面談し、契約の内容を読み上げて意思を確認します。
本人と受任者が署名押印して公正証書が完成し、原本は公証役場に保管されます。
手元には正本や謄本が渡されます。
本人が入院中や施設入所中で公証役場に行けない場合は、公証人が病院や施設まで出張して作成する方法があります。
出張のときは手数料の計算が変わるため、金額は依頼先の公証役場に確認してください。
任意後見にかかるお金の全体像は契約時と毎月かかる報酬の目安で解説しています。
契約が登記されるまで
公正証書ができると、公証人が法務局に登記を嘱託します。
任意後見契約を結んでいることが公的に記録され、後日この登記事項証明書を法務局で取得できます。
家庭裁判所への申立てのときにも使う書類なので、どこで取れるものかは覚えておいてください。
判断能力が落ちたら家庭裁判所へ|監督人が選ばれて契約が動き出す
契約書をしまい込んだままでは、任意後見は始まりません。本人の判断能力が不十分になったとき、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てて、初めて契約が発効します。
申立てができる人と、申立て先
申し立てられるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者です。
申立て先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所になります。
本人が施設に移っている場合、住民票がどこにあるかで管轄が変わることがあるため、先に確認しておくと差し戻しを避けられます。
そろえる書類
家庭裁判所に出すものは、おおむね次のとおりです。書式は裁判所のウェブサイトから入手できます。
- 任意後見監督人選任の申立書
- 本人の判断能力について医師が書いた診断書
- 任意後見契約公正証書の写し
- 任意後見契約の登記事項証明書(法務局で取得)
- 本人の戸籍謄本と住民票
- 財産目録と、預金通帳の写しなどの資料
- 収支予定表
細かい様式や添付書類は家庭裁判所ごとに案内が違います。申立て先の家庭裁判所で一覧を取り寄せてから集め始めるほうが早く済みます。
本人の同意が要る
申立てには、原則として本人の同意が必要です。
本人が意思を表示できない状態にあるときは同意なしで進められますが、まだ会話ができる段階なら、本人が納得していることが前提になります。
家族だけで話を決め、本人に黙って申し立てる進め方はできません。
いつ申し立てるかの判断
法律上の期限はなく、実務では生活の場面で困りごとが出たときが目安になります。銀行の窓口で本人確認が通らず預金をおろせなかった、施設の入所契約で本人の署名を求められた、医療費の支払い手続きが進まない、といった事態です。
先延ばしにした場合、家族は本人の財産に手を出せないまま、立て替えが膨らんでいきます。
本人が不利な契約を結んでも止める人がいない状態も続きます。
一方で、まだ本人が自分で管理できている段階から発効させると、任意後見監督人への報酬が発生し、本人の財産から支払い続けることになります。
早すぎても遅すぎても具合が悪いため、預金の出し入れが自分でできているかを一つの線として家族で見ておいてください。
任意後見の手続きが止まるのは、契約のときより発効のとき
公正証書の作成は、公証人が案文を整えてくれるので、そこまで難航しません。止まるのは、何年か経ってから申立てをする段階です。
診断書でつまずく例がよくあります。
かかりつけ医がいないと、判断能力について書いてくれる医師を探すところから始まります。
本人が受診自体を嫌がり、家族が説得できずに動けなくなる場合もあります。
地域包括支援センターに相談すると、受診につなげる方法を教えてもらえることがあります。
体調や症状そのものについては、医療機関に相談してください。
受任者側の事情で止まることもあります。
契約から10年以上たてば、受任者が先に亡くなる、病気になる、遠方へ転勤するといった変化が起きます。
受任者を1人に決め打ちせず、複数人と契約しておくか、法人を受任者にしておくと、こうした場面で切り替えが利きます。
きょうだいの反対で止まる例も見落とせません。
申立てが受理されると家庭裁判所が親族に意向を照会することがあり、そこで初めて話を知った他のきょうだいが異議を唱える展開になります。
誰が任意後見人になり、報酬をどう扱うかは、契約の段階で共有しておくほうが後が楽です。
お金の負担をどう分けるかは費用は誰が払うかの決め方で解説しています。
そして、いちばん静かに進む失敗が、契約したまま誰も申立てをしないケースです。
監督人がいない以上、外から気づく人はいません。
本人の判断能力が落ちても契約書は引き出しの中にあり、結局は法定後見を申し立て直すことになります。
契約したら、受任者と家族が「どうなったら申し立てるか」を言葉にしておいてください。
任意後見人を家族が引き受けるか、専門職に頼むか
手続きそのものは、家族だけでも進められます。
公正証書の原案は公証人が整えますし、家庭裁判所への申立書も書式と記載例が公開されています。
財産が預貯金と自宅くらいで、きょうだい間に異論がなければ、自分たちで進める余地は十分にあります。
専門職に相談する価値が高いのは、代理権目録の設計です。
どの行為を書いておけば後で困らないかは、本人の資産の中身と、これから起きそうな出来事によって変わります。
収益物件がある、事業を営んでいる、実家の売却が視野に入っている、相続で揉める芽があるといった事情があるなら、目録を自作しないほうがいいでしょう。
受任者そのものを弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職に頼む選択もあります。
家族に適任者がいない場合や、家族が受任者になるとかえって他のきょうだいの反発を招く場合です。
この場合、発効後は任意後見人への報酬が継続して発生します。
任意後見監督人への報酬は家庭裁判所が決めるもので、家族が任意後見人になっても発生します。
本人が何を望んでいるかを書き残しておくと、目録の設計も、家族の話し合いも進めやすくなります。エンディングノートに書くべき項目で解説している内容を、契約前に本人と一緒に埋めておく手もあります。
よくある質問
親が入院中でも任意後見契約は結べますか
本人に契約の意味を理解する力が残っていれば結べます。
公証人が病院や施設に出張して公正証書を作成する方法があるため、外出できないこと自体は妨げになりません。
ただし公証人との面談で意思の確認ができない状態だと作成できないので、早めに公証役場へ相談してください。
任意後見人になるのに資格は必要ですか
資格は要りません。
子やきょうだいでも引き受けられます。
ただし未成年者、破産者、本人に対して訴訟をしたことがある人などは、家庭裁判所が任意後見監督人を選任しない事由にあたります。
受任者を決めるときは、こうした事情がないかを確認しておいてください。
契約したあとで任意後見人を変えられますか
変えられます。
任意後見監督人が選任される前であれば、公証人の認証を受けた書面によっていつでも解除できます。
選任された後は、正当な事由があり、かつ家庭裁判所の許可を得た場合に限られます。
発効前と発効後で難易度が違うため、受任者に不安が出たら早めに動くことになります。
任意後見と法定後見はどちらが優先されますか
任意後見が優先します。
任意後見契約が登記されているときは、家庭裁判所は本人の利益のために特に必要があると認める場合に限って法定後見の開始を審判します。
本人が自分で選んだ後見人と内容を尊重する建て付けです。
取消権が必要になったときなど、例外的に法定後見へ移る場面はあります。
任意後見契約があれば、亡くなったあとの手続きも任せられますか
任せられません。
任意後見契約は本人の死亡で終了します。
葬儀の手配や部屋の明け渡し、公共料金の解約まで頼みたい場合は、死後事務委任契約を別に結んでおく必要があります。
不動産や預金の名義を変える相続手続きは相続人の仕事で、法務局での名義変更の流れで解説しています。
まとめ
任意後見の手続きは、公証役場で公正証書を作る段階と、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる段階に分かれています。
前半は本人の判断能力があるうちにしかできず、後半は本人の判断能力が落ちてからしか進められません。
この順番だけは動かせないため、親の様子が気になり始めた時点で公証役場に連絡するかどうかが分かれ目になります。
契約書の質を決めるのは代理権目録で、ここに書かなかった行為は発効後に追加できません。ぜひ本記事の流れの表と代理権目録に書く項目を手元に置いて、まずは受任者と任せる範囲を家族で話し合うところから始めてください。


