亡くなった人の預金はいくらまで引き出せる?仮払い制度

銀行に死亡を伝えた時点で、親の口座は入金も引き落としも止まります。それでも葬儀社への支払いや、実家の光熱費、施設の未払い分は待ってくれません。
遺産分割が終わっていなくても、相続人が1人で払い戻せる仕組みがあります。
1つの金融機関につき「口座ごとの残高×3分の1×自分の法定相続分」、上限は150万円です(民法909条の2・法務省令で定める額/2026年9月時点)。
他の相続人の同意書も、遺産分割協議書も要りません。
本記事では、150万円に届く残高の目安・計算に使う法定相続分の見方・払い戻したお金が相続放棄と遺産分割に与える影響まで解説します。
亡くなった人の預金は1金融機関150万円まで引き出せる|仮払い制度の計算式
2019年7月に始まった預貯金の仮払い制度は、遺産分割が終わる前に相続人が単独で払い戻しを受けられる仕組みです。法務省は、生活費や葬儀費用の支払い、相続債務の弁済といった、分割を待てない資金需要に対応するための制度だと説明しています(民法909条の2/法務省「相続法の改正」)。
掛け算する数字は3つだけ
払い戻せる額は「その口座の残高(死亡時)×3分の1×払い戻しを求める人の法定相続分」で出します。
この計算結果と150万円を比べて、少ないほうが実際に引き出せる額になります。
150万円は法務省令で定められた上限で、金融機関が独自に決めているものではありません。
| 口座の残高 | 相続人の構成と自分の立場 | 法定相続分 | 計算 | 払い戻せる額 |
|---|---|---|---|---|
| 300万円 | 子1人だけ | 1 | 300万円×1/3×1 | 100万円 |
| 600万円 | 配偶者と子2人のうち配偶者 | 1/2 | 600万円×1/3×1/2 | 100万円 |
| 600万円 | 同じ家族の子1人 | 1/4 | 600万円×1/3×1/4 | 50万円 |
| 1,500万円 | 配偶者と子1人のうち配偶者 | 1/2 | 1,500万円×1/3×1/2=250万円 | 150万円(上限) |
表の4行目のように、計算結果が150万円を超えても、受け取れるのは150万円までです。
逆に言えば、残高が900万円あって法定相続分が2分の1あれば上限に届きますが、残高300万円の口座から子1人が引き出せるのは100万円にとどまります。
「150万円もらえる制度」と覚えていると、窓口で提示された額とのずれに驚くことになります。
他の相続人の同意は要らない
この制度の要点は、兄弟姉妹の実印も印鑑証明書も集めずに手続きできるところにあります。
通常の相続手続きでは相続人全員の署名押印がそろうまで1円も動きませんが、仮払いは単独で請求できます。
連絡が取れない相続人がいる場合や、遺産分割の話し合いが長引きそうな場合でも、当面の支払いには手が届きます。
ただし、手続きに何も要らないわけではありません。
金融機関は、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍と、請求する人が相続人であることが分かる戸籍、印鑑証明書などを確認したうえで払い戻しに応じます。
必要な書類の範囲と様式は金融機関ごとに違うので、窓口で一覧をもらってから戸籍を集めたほうが二度手間になりません。
相続の銀行手続きで求められる書類と窓口での流れで解説しています。
引き出せる額を左右するのは、残高と法定相続分と取引銀行の数
同じ「親の預金」でも、払い戻せる額は家族ごとに大きく変わります。動かしているのは3つの数字です。
法定相続分は相続人の組み合わせで変わる
計算に使う法定相続分は、自分の希望額でも、遺産分割で取りたい額でもありません。民法900条が定める割合です。
| 相続人の組み合わせ | 配偶者の相続分 | もう一方の相続分 |
|---|---|---|
| 配偶者と子 | 2分の1 | 子全体で2分の1(人数で等分) |
| 配偶者と父母 | 3分の2 | 父母全体で3分の1 |
| 配偶者と兄弟姉妹 | 4分の3 | 兄弟姉妹全体で4分の1 |
| 子だけ | — | 子全体で全部(人数で等分) |
子が3人いれば1人あたりは6分の1になり、仮払いで動かせる額も3分の1に減ります。
きょうだいの人数が多い家ほど、1人が単独で引き出せる額は小さくなる仕組みです。
父が亡くなって母が健在なら、母が請求したほうが同じ口座から多く払い戻せます。
「口座ごと」に計算して、「金融機関ごと」に150万円で頭を打つ
計算は口座単位です。
同じ銀行に普通預金400万円と定期預金500万円があるなら、それぞれ3分の1に法定相続分を掛けて足し上げます。
ただし合計がいくらになっても、その銀行から受け取れるのは150万円までです。
一方、上限は金融機関ごとに立ちます。
A銀行とB信用金庫とゆうちょ銀行に口座が分かれていれば、それぞれで150万円まで請求できる計算になります。
取引先が多い人ほど、合計として動かせる現金は増えます。
通帳やキャッシュカードが何行分あるかを先に洗い出しておくと、いくらまで用意できるかの見通しが立ちます。
定期預金も条文上は対象ですが、満期前の払い戻しの扱いや手続きにかかる日数は金融機関の運用によって差があります。急ぎの支払いに充てる予定なら、普通預金の口座から先に請求したほうが現金化は早いでしょう。
預金に手をつける前に確認すること|相続放棄の3か月と凍結のタイミング
仮払いは便利な制度ですが、順番を間違えると取り返しがつかない場面があります。請求する前に見ておく点が2つ、足りないときの逃げ道が1つあります。
借金の有無が分からないうちは払い戻さない
相続放棄と限定承認は、自分が相続人だと知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述します(民法915条)。
起算日は亡くなった日ではありません。
そして、この3か月のあいだに相続財産を使ってしまうと、相続を承認したものとみなされて放棄できなくなるおそれがあります。
親に事業の借入やカードローンがあったかどうかが分からない段階で、仮払いを受けて生活費に充てるのは危うい行動です。
故人宛ての郵便物に金融機関やカード会社からの請求書が届いていないか、貸金庫や引き出しに借用書が残っていないかを確かめるほうが先になります。
期間内であれば、家庭裁判所に3か月の伸長を申し立てられます。
凍結すると公共料金の引き落としも止まる
金融機関は名義人の死亡を知った時点で口座を止めます。
年金の入金だけでなく、電気・ガス・水道・介護サービスの引き落としも同時に止まるので、実家に誰かが住み続けている場合は支払いの穴が空きます。
銀行に連絡する前に、引き落とし先をどの口座に付け替えるかを決めておくと混乱しません。
凍結の時期と解除までの流れは亡くなった人の口座が凍結されるタイミングと解除の手順で解説しています。
なお、故人の年金は受給停止の届け出が要ります。
厚生年金は死亡から10日以内、国民年金は14日以内です。
遺族年金は別の請求手続きになるので、口座の話とは切り離して進めてください。
遺族年金を受け取れる人の条件と金額の考え方で解説しています。
150万円で足りないときは家庭裁判所の仮分割の仮処分
入院費や施設の未払いが重なって、上限では届かないこともあります。
その場合に用意されているのが家庭裁判所の仮分割の仮処分です。
遺産分割の調停や審判を申し立てたうえで、必要性を示して認められれば、上限を超える払い戻しを受けられます。
書類の準備と審理の時間がかかるため、葬儀社への支払いのような急ぎの用途には向きません。
相続人の1人が立て替えて、あとで精算する形のほうが現実的な場面もあります。
立て替えた葬儀費用は誰が負担する?埋葬料5万円と葬祭費の申請
お金をどこから出すかと同じくらい、誰の負担にするかでもめます。仮払いを使った人が損をしないための整理を先にしておいてください。
払い戻した分は遺産の前渡しとして精算する
仮払いで受け取ったお金は、その相続人が遺産の一部を先に取得したものとして扱われます。100万円を引き出して葬儀費用に充てた場合、遺産分割の場では「この人はすでに100万円を受け取っている」という前提で取り分を計算します。
ここで揉めるのは、引き出した本人が何にいくら使ったかを説明できないときです。
領収書は費目ごとに残し、誰のために支払ったのかをメモして保管してください。
最終的な取り分の調整は、遺産分割協議書が必要なケースと不要なケースで解説している協議の中で行います。
葬儀費用の負担者は法律で決まっていない
葬儀費用を誰が負担するかについて、民法に明文の定めはありません。
喪主が負担する、相続財産から支出する、相続人で分担するなど、家庭ごとに扱いが分かれます。
決まりがないからこそ、後から「勝手に高い葬儀にした」「立て替えたのに返ってこない」という言い合いになります。
兄弟姉妹に切り出しにくい話ですが、机の上に出す数字は多くありません。
見積書か請求書、支払った領収書、そして各口座の残高証明の3点をそろえて共有すれば、感情ではなく数字の話になります。
残高証明は、仮払いの請求とあわせて金融機関に発行を頼めます。
健康保険の埋葬料と国民健康保険の葬祭費
公的な給付もあります。
健康保険の被保険者が亡くなったときは、埋葬を行った人に埋葬料が支給され、金額は一律5万円です(健康保険法100条/2026年9月時点)。
国民健康保険と後期高齢者医療の加入者については葬祭費が支給されますが、こちらは金額を条例で定めているため市区町村ごとに違います。
金額と申請先、必要な書類は、お住まいの市区町村の国民健康保険の窓口で確認してください。
どちらも自動では振り込まれず、申請して初めて受け取れます。死亡届を出したときに案内をもらえることが多いので、渡された書類の束を捨てずに残しておいてください。
よくある質問
仮払いを受けると相続放棄はできなくなりますか
払い戻したお金を生活費などに使ってしまうと、相続を承認したものとみなされて放棄が認められなくなるおそれがあります。
借金の有無が確認できていない段階では請求しないでください。
放棄の期限は、自分が相続人だと知った時から3か月です。
すでに引き出してしまった場合は、使わずに保管したうえで、早めに弁護士か司法書士に状況を伝えて判断を仰いでください。
150万円は1人あたりですか、1口座あたりですか
1つの金融機関につき、相続人1人あたり150万円です。
同じ銀行に複数の口座があっても、その銀行から受け取れる合計は150万円までになります。
複数の銀行に口座が分かれている場合は、金融機関ごとに上限が立ちます。
他の相続人に黙って引き出しても問題ありませんか
制度上は他の相続人の同意なく請求できますが、引き出した事実は遺産分割のときに必ず表に出ます。金額と使い道を説明できないと不信を招くので、請求する前に「葬儀費用として自分の口座から仮払いを受ける」と伝えておくほうが、後の話し合いが早く進みます。
定期預金も仮払いの対象になりますか
対象になります。
ただし満期前の定期預金をどう扱うか、手続きにどれだけ日数がかかるかは金融機関の運用によって差があります。
支払いが迫っているなら、普通預金から先に請求してください。
亡くなる直前にATMでまとめて引き出しておくのは問題ありませんか
死亡の前後を問わず、引き出した現金は相続財産として扱われます。
使い道を説明できなければ他の相続人から返還を求められますし、相続税の申告でも指摘を受ける論点です。
相続税の申告と納付は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内で、基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数になります。
課税の分かれ目は相続税の基礎控除と、申告が必要になる人の条件で解説しています。
遺言書がある場合も仮払いは使えますか
遺言の内容によって扱いが変わります。
預貯金の取得者が遺言で指定されているのに別の相続人が払い戻しを受けると、後で精算が必要になります。
自筆証書遺言と秘密証書遺言は、封を開けずに家庭裁判所の検認を受けてください。
公正証書遺言と、法務局の保管制度を使った自筆証書遺言は検認が不要です。
まとめ
亡くなった人の預金から単独で引き出せるのは、口座ごとの残高に3分の1と自分の法定相続分を掛けた額で、1つの金融機関につき150万円が上限です。
きょうだいの人数が多いほど1人あたりの額は下がり、取引銀行が複数あれば合計は増えます。
手続きには戸籍と印鑑証明書が要るので、窓口で書類の一覧をもらってから集め始めると早く済みます。
急いで現金を用意する前に確かめるのは、親に借金がなかったかどうかです。
3か月の期限内に放棄する可能性が少しでも残っているなら、預金に手をつけない判断のほうが安全側に立ちます。
引き出した分は遺産の前渡しとして後で精算するため、領収書と使い道のメモは必ず残してください。
ぜひ本記事の計算式と法定相続分の表を使って、自分がどの口座からいくらまで請求できるかを書き出したうえで、銀行の窓口に向かってください。


